彼女らの正義と、私の精神。暗黒の高校生時代(3)

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彼女らの「言葉の暴力」は、卒業まで続きました。

私は、どうしたらよかったのでしょうか。


いろんなことを言われました。面と向かって言われました。

通りすがりに言われました。笑われました。

教室内で、寮内で、風呂場で、食堂で、言われました。

泣いたって許してはくれませんでした。

どうしても、やめてくれませんでした。


それでも私は、卒業する時まで、彼女らと友達になりたいと思っていました。

彼女らは、悪い人ではないのです。

言葉はきついものがありましたが、リーダーシップのスキルがありました。

ダンスが上手でした。他の人々を引っ張る力を持っていました。

正義感の強い人たちでした。


今思うに、彼女らは、彼女らの「正義」を守っていたのです。

私は彼女らが考える「秩序」を乱す、「悪者」でした。

悪者は倒さねばならない。排除しなければならない。

彼女らがそう思うのは当たり前です。大昔から、人間はそのように生きてきましたから。


どうにかして友達になれないだろうか。

私はそう思っていましたが、そんなことはありえませんでした。

それでも、友達になりたいと思っていました。

楽しそうに笑う、彼女らの仲間になりたかった。


実は私も、ダンスが好きなのです。

私にひどい言葉を吐きかけていたうちの1人は、とてもダンスが得意な人でした。

他の人も得意でしたが、彼女はずば抜けて得意でした。

文化祭で踊る姿を見て、素直にかっこいいと憧れました。

見よう見まねで真似してみたら、それが彼女の怒りを買ってしまったようで、また悪口を言われました。

それからは、私は隠れて踊るようにしました。もう言われたくなかったので。


授業がある日の昼食は、寮の職員さんが、弁当を学校まで届けてくれます。

もちろん私は、1人で食べます。

でもだんだん教室にいるのも嫌になってきて、いわゆる「便所飯」を経験しました。

弁当を取りに行くのも片付けるのも面倒で、寮から食パンを持ち出して学校に行くようになりました。

誰もいない体育館で、ピアノのある部屋を開け、ピアノを弾きながら食べました。

ちょうどその頃、好きな映画のサウンドトラックを、ピアノ楽譜にしたものを買ったのです。

そういう時間は幸せなものでしたが、ピアノに夢中で授業に遅れることが何回かあって、先生の手によってピアノは封印されてしまいました。


コンピューター室も試しましたが、ゲームサイトにこっそり行っているのがバレたのか、コンピューター室の利用も制限されてしまいました。

日々の少ない楽しみがガリガリと削られていく中、最後に残ったのは図書室でした。

彼女らが図書室に来ることはなく、静かな図書室で、いろんな本を読みました。

幸福論、ガラスの仮面、変身、星新一の短編集。

勉強にはなりましたが、一時しのぎにしかなりません。


私は、どうすればよかったのでしょうか。

面と向かって「友達になりたい」とでも言えばよかったのでしょうか。

何が正解だったのでしょうか。何をすればよかったのでしょうか。

当時の私も、今の私も、正解は分かりません。


こうして、私の精神は壊れました。


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明日に続きます。


人外イラストレーター、ココナのブログ

フリーイラストレーター、ココナのブログです。 赤裸々にいろんなことを書いていくブログ。 なんかもう、色々と撒き散らします。

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